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スマホやネットの使い方を教えるのならお年の方へではなく若者やいい大人たちへなんじゃないかという話


ソーシャル上でふよふよと「お年寄りにスマホやネットを教える」という試みを行おうとしているというのを見かけて、ふわっとした違和感を覚えた。


自分が学生のとき、ガラケーの時代から自分のおじいちゃん、おばあちゃんに、近所のおっちゃんたちにもケータイの使い方、パソコンの使い方、デジカメどれ買えばいいのかみたいな話だって説明してきた。わかるまで何度も。わからなくても繰り返し。
それはもちろん今も変わらず聞かれたらなんだって答える。


そしてそこからデジタルなものにハマって自分から新しいものにどんどん入っていく人もいれば、こちらが伝えたことだけ繰り返し覚えて使ってくれる人もいる。
そんな彼らはデジタルなものに興味があって聞いてきている人ばかりではなく、「自分の周りの人ともっとコミュニケーションをとりやすくするために」といったようなささやかな想いから、それらに関わりたいとおもう人が多かった。


いまの世の中では「スマホの使い方講習」みたいなものが無料でかなりたくさん行われている。だから変な話、興味ある人はもう知っているし、自分から関わりにいっている。もちろんこれは東京周辺の話なので、まだまだ他の地域では足りてないという話も聞いたことがある。
でも別に本当は講習会なんて必要ない。だって家族が教えてあげればいいんだから。子供や孫が教えてあげた方が、他人が教えるよりずっとすごく喜ぶし、家族とコミュニケーションとりたくて覚えたい気持ちが増えるし、家族も緊急時の連絡手段が増えて一安心。
でもそこで問題になってくるのが「家族が教えられるほど詳しくない」「教え方がわからない」「近くにいない」ってこと。


みんな若い人はデジタルネイティブ世代でどんどん使いこなしまくってるっていう。だけどデジタルネイティブな子たちはまだ小学生とかだったりするから、使うツールも限られてるし、全員が使いこなしているわけじゃない。第一危なくない使い方を知ってる子ばかりじゃない。今の大学生だって人によってデジタルツール使ってる人と使ってない人がハッキリわかれる。みんなが共通して使ってるのはメッセージのやり取りくらいなもので「イマドキのワカモノ」で括られてる中にもかなりの差がある。だから「教えて」っていっても「使えばわかるよ」としか言えなかったり、教えるのを面倒に感じる人も多かったりするんだよね。それが悪いというんでなくて、そういうものなんだっていう事実をふまえて、「教える」っていうのはおじいちゃん、おばあちゃんへではなく、その周りにいる人たちにこそ必要なんじゃないかと。教えるために教え方を知るということだ。そしてその人たちが自分の周りの人に教えられるようになればいい。数回しか会わない人より、いつも近くにいてくれる人に教えてもらえた方が安心だ。家族じゃなくて近所の人でも、知らない人より話しやすいし。そしたらおじいちゃん、おばあちゃんだけではなく、将来の自分の子供にだってきちんと教えることができる。そういう人がどんどん増えていけばいい。


新しいことしようとする前に、なんで自分の周りから実践してやってみないのかが1番の違和感の正体なんだとわかった。


みここちゃんふうにいうならば
『ゴミ拾いしよう、ただし300km離れた海岸で!』(あなたが住んでる街ではやらないの?)みたいな。


日本はお祭り好きというから、誰かが動きにくいことをお祭りにして動かしていくのはすごく大事なことだとおもう。
そしてそれと合わせてお祭りを主催しようとしている人も参加しようとしてる人も、まず自分の周りでお祭りごとと同じことがおこっていないか、よくよく見てほしい。うもれさせないでほしい。お祭りにはどんどん参加した方が楽しいと自分もおもう。お祭りは大好きだ。お祭りによって色んなことが動くんならそれはすごくいいことだ。ただお祭りに参加するだけでなく、お祭りの外でも同じことがあったら向き合うことが本当の意味で大事なことなんじゃないのかな。


そんなことを色々考えた。