読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

akuyan to

イベント/旅行/デザイン/おいしいもの...

私のお父さんの話

4月26日まで私のお父さんは生きました。


お父さんがすい臓ガンだとお母さんから教えられたのは3月5日でした。
2月中からずっと胃の調子が悪いと言っていて、病院行ったり検査したりしていて、本当はもう少しはやくからお母さんは知っていたらしいのだけど、精密な検査をした結果、残りの生きていられる日が少ないことがわかって、私たち姉弟にそれが教えられました。


家系的にみんなガンになっていて、以前にも大腸ガンになったことがあったお父さんは毎年かかさず健康診断に行っていて、人一倍ガンには気を付けていたはずなのに、どうしようもない状態になるまでガンに気づけませんでした。


その時点では「治す」ような状態ではなくて、現状のまま放っておいてあと半年か、ガンの進行をおさえる処置をしてもって2年か、といわれていました。


ただ、私のお父さんはとても頑固で(というか家族みんな頑固なんですが)入院を拒否しました。
限られた時間なら、自分の好きなようにしたい、家にいたいと言いました。


ガンの進行をおさえる処置をするのに一番最適な処置するためには、何はともあれ入院して様子を見なければいけなかったけれど、家にいたいと言い張るお父さんにお医者さんはかなり怒り呆れ気味で、それならばと家でもできるギリギリの処置をしてもらうことになりました。


でも、家でその処置を始めてからまもなく、お父さんは食べ物はもちろん水すら飲めないようになりました。
ガンによる痛みや吐き気、さらに薬による副作用、それらが重なって、何も摂取できなくなり、どんどんとやつれていきました。


そして水分がとれなくなったことにより、腎機能が著しく低下して、いつ倒れてもおかしくないような状況になって、やっと入院することを承諾してくれました。遅いってば。
あとあとから聞いたことですが、この日ですべて終わってしまっててもおかしくないくらいひどかったそうです。


入院してから点滴で水分や栄養を摂取することができて、多少マシになったものの、何も食べられなく飲めなくなったお父さんは日増しに弱っていきました。
水のように毎日飲んでいたお酒でさえ一滴も飲めません。
お父さんがお酒を1日のうちに1回も飲まないのを初めてみました。みつづけていました。
おいしいものを食べるのが好きなのに、何も食べられないお父さんを見ていました。
悔しそうに悲しそうに辛そうに、飴をなめても味がわからないというお父さんを見ていました。
仕事の合間にできる限り病院に行って、お父さんといました。家族みんなでいました。


ガンであることがわかって、物が食べられなくなったお父さんはさっぱり笑わなくなりました。
そんな笑わなくなったお父さんが私の前で最後に笑ったのは、思春期の頃からお父さんと話さなくなってしまった妹が病室にきたとき、お酒の話を3人でして、妹が「最近お酒飲んだら甘いもの食べられなくなった」といったとき、私が「おやじくさいなぁ」といったら、「そういうものなんだよ」と父が笑いながら言ったときでした。




こういうのは気持ちの整理がついてから書いたらいいと思うんですが、どうやって整理をつけたらいいかわかりません。
というか今書いているのは、私が忘れないようにするためで、それと精一杯の八つ当たりです。



放っておいても半年、といわれたお父さんのガンは予想の10倍の速度で進行しました。
そして4月25日に意識がなくなるかもと連絡が入り、次の日の23時54分までお父さんは生きました。
正確にいうと、もう少しはやいんですけど、お医者さんの確認が入ったのが、その時間でした。
お父さんもお母さんも私も妹も弟も、みんな一緒にいました。


25日から26日にかけて、お母さんとお父さんのいる病室に泊まったとき、お父さんが「喉がかわいた」というので、水をあげました。
ベッドがなくて、パイプ椅子にお母さんと苦労しながら寝ていました。
26日の夕方にやっとベッド借りられたのに、結局使わないまま病院を後にすることになりました。
26日の夜に、お母さんと私と妹と弟でお父さんにおやすみ、と声をかけてお父さんは寝ました。



私の、私たちのお父さんだから、私たち以外に悲しまれたくありません。
私たちのお父さんなんです。勝手に悲しまないでください。
お父さんは社交辞令とかもいやがる人で、特に仲良くない人にお葬式こられるのがいやだからしなくてもいいというので、身内だけでしました。
そして何より一番悲しいと思ってるのはお父さんなので、ご愁傷様もご冥福もいらないんです。お父さんが望んでいません。
なのに勝手に悲しんで、勝手に言葉をかけられて、大変だったね、って言われても、「大変だった」んじゃなくて「大変です」。
1時間後に忘れるセリフならスルーしてくれた方がいいです。
そういうのは本当に悲しいときにとっといてください。


友達には現在進行形でとても救われています。ありがとう。
今とてもとても余裕がなくて、どうにもできなくて、どうにもできない状況がこわいけど、家族と友達がいてよかった。



お父さん、おじいちゃんたちとお酒おいしく飲んでる頃かな。
そろそろ充電がないんだけど、パソコンの電源お父さんの部屋に忘れてきちゃったから、明日取りに行くよ。